ここ3カ月ほど、以前にもまして極めて精力的にシンポジウムや特別講演会を聴講しています。
明治大学で開かれるイベント情報にはほとんど目を通していて、興味があるものであればスケジュールが許す限り参加しています。今期はイベントが開催されやすい5,6限に授業をあまり設定していないというのが幸いしている面も多々ありますが、興味の範囲が定まってきているので非常に有意義な時間を過ごすことができます。
11月17日(土)教養デザイン研究科主催「文化は誰のものか?--ネーション・ステートを越えて 東アジア文化圏における日本文化の受容」
19日(月)政治経済学部・国際連携本部共催「国連ミレニアム開発目標と協同組合の役割」(学部生向け)
20日(火)政治経済研究科・ガバナンス研究科・国際連携本部共催「世界の協同組合の動き」(院生向け、19日の講演と登壇者はおなじ)
につづけて、日曜を挟み4営業日つづけて(日曜も大学に来てましたが(汗;;))講演会、しかもいずれも海外の重要な研究者を招いた特別講義・あるいは国際シンポジウムを聴講しています。
今回の特別講演会はドイツ大使館と明治大学国際連携本部の共催によるもので、ドイツのエネルギー政策研究のシンクタンクであるヴッパタール環境・エネルギー・気候研究所のペーター・ヘニッケ前所長の来日にあわせたものでしたが、ドイツ大使館のHPに記載された情報を見て驚きました。なんとヘニッケ教授、当日21日の昼ごろ上智大学で講演したのち、夕刻明治大学で講演し、翌22日は大阪の関西学院大学で講演、そしてその翌日である23日東京に戻り中央大学理工学部で講演する予定、しかもそのトークテーマがそれぞれ微妙に異なっているというのです!!ロックアーティストで言えば弾丸公演!さながら弾丸講演ツアーといったところでしょう。ヘニッケ先生はじめ帯同する関係者の方々の姿勢には敬服いたします。
この講演では、第二次大戦以降ドイツが「世紀のプロジェクト」と位置付けてきたエネルギー転換について、とくに80年代後半以降強力に推進されてきた自然エネルギーの導入において政策提言など重要な立場を果たしたヘニッケ博士に、欧州のエネルギー転換の現状、チャンスや可能性とリスクや困難性の両面について、日本の脱原発実現へのヒントになるような示唆に富んだお話をいただいた。
進行について、おそらくは駐日ドイツ大使館の持ち込みと思われる、明治大学ではおよそ見たことがないスマートなデザインの独ボッシュ社製レシーバーが同時通訳ガイド機として使われ、ドイツ語による各者挨拶や講演本編が大学の有する講演会同時通訳用システムに比較して格段にクリアな音質、電波状況のもと日本語に通訳されて、たいへん聞き取りやすかった。
(これがそのレシーバー同時通訳システムの販売会社トーワエンジニアリングHPより引用)
しかしながら、やはり発表者のスライドの一部がドイツ語で表記されており、一部には発表者がしゃべっている以上の情報がスライド上では表示されていたりしたので、ドイツ語が解せれば、あるいはスライドが英語で作成されていたならもっと理解度が増したのだろうと思うと悔しくてならない。
博士はこれまでヴッパタール研究所(Wuppertal Institut für Umwelt, Klima und Energie)においてドイツ全体のエネルギー、交通、建築のグランドデザイン策定に参画してきており、エネルギー転換においては「生活には何が必要なのか、豊かな生活とは何なのか――たとえば都市に住む人はSUV(sports utility vehicle, ポルシェカイエンとかランドローバー、トヨタのランドクルーザーみたいなやつ)のような車に乗る必要があるのか、」という議論を、国民全体を巻き込んで真剣に議論していく必要があると論じておられた。博士はまたライフスタイルの変化というものが生活水準の低下を意味しないことを強調されており、目指す方向性としては「生活の質について議論し、物質的な豊かさではない真の生活の質を大幅に高めつつ、急激な経済成長を目指さずに(図中では逓増)、自然資源の浪費を減らしていくことだ」と述べていた。自然エネルギーの導入は新たな価値観のもとでのより豊かな生活と結びついているのだ。
講演では自然エネルギーの導入には初期こそコストがかかるけれど、それ以上の利益を生み出し、そのうちに初期コストは回収され、数年のうちに全体としては従来のエネルギー源のコストをずっと下回るだろう、また、自然エネルギーを中心とした新たな産業が大きな雇用を生み出し、経済成長を阻害しないと述べられていた。(筆者はここでヘニッケ博士が自然エネルギーについて利潤面を大きく強調していたことが印象に残った。)
博士は自然エネルギーの利用増加にはアメとムチ、それにPRが重要だという。言うまでもなくアメとムチとは自然エネルギーを導入しない事業者に対する法的規制と推進する事業者や消費者に対する助成金のことである。これに加えてさまざまなレベルでの政策的な広報活動によって広く、深く自然エネルギー推進に対する認知度を深めることが重要なのだという。
紹介された事例のひとつとして郊外のある村では人々が巨大なソーラーパネルの下に合一的に設計された邸宅や庭園、施設で生活しており、その発電量は彼らのコミュニティでの電力使用量を大きく上回り、売電されているという。いわゆる「スマートハウス、スマートシティ構想」の最たる例だが、もはや村に発電設備があるのではなく、ひとびとが巨大な発電所に住んでいると言っても過言ではない。従来の水力、火力、原子力などの高出力・巨大発電設備は危険であり、そこに人々が住むことなど考えられなかったが、こうしたアイディアそのものが自然エネルギーならではといえるのでないだろうか。
博士は現在の欧州スマートグリッド構想の西ヨーロッパ各国による電力融通送電網を拡大し、西ヨーロッパのみならず中東欧やアラブ諸国、北アフリカ地域まで巻き込んだEURO-MED(欧州および地中海地域)電力需要融通システム構想についても、多くの国が風力、太陽光などの自然エネルギーを導入しており、自然エネルギーがカギとなっていると述べられた。
そこで、講演後の質問時間に、筆者はこのについて昨今日本でよく聞かれる言説を思い切ってぶつけてみた。すなわち、「ドイツは原発をやめたけれども、欧州電力取引市場を介した融通の中にはいまだエネルギー源の大きな割合を原子力に頼るフランスから購入しており、無意味なのではないか」というものです。これについて実際の現状と博士の御意見をお伺いしたところ却ってきたのは次のような驚くべき事実でした。
「これは原発推進派がドイツのエネルギー転換を批判するのにいつも使うレトリックです。ドイツでは常にメリットオーダーに基づいた限界コスト計算が試行されており、限界コストが低いものから順に利用されています。それは輸入された電力についてもおなじで、現状、核エネルギーによって生産された電力のコストは自然エネルギーのそれを上回っています。(原子力発電の電気のほうが自然エネルギーの電気より高い!)ですのでドイツ国民がフランスから多くの核エネルギーの電力を購入しているということはありません。そしてむしろ、近いうちにドイツの自然エネルギーがフランス国内の電力市場においても、核エネルギーの電力にとって代わるでしょう。現在でもドイツはフランスの冬の需要期などに同国の電力市場に売電していますが、今後自然エネルギーの普及が進みさらにコストが下がると、これがより大きくシフトするだろうと考えています。世界の市場はより効率的で低価格な自然エネルギーにシフトしてきているのです。またフランス国内においても脱原発の議論というのは大きくなってきています。研究者たちは原子力ロビーの激しい抵抗と闘いながら、エネルギー転換に向けた現実的で実行可能な具体的な計画を発表し始めているのを聞いています。われわれは友好国としてこの動きを支援する用意があります。」
つまり、「ドイツがフランスから原子力によって発電された大量の電力を購入している」という指摘はそもそも現実に即したものではなく、自然エネルギーが普及すれば原子力を大きく下回るコスト低減を実現でき、また、ポスト3.11の原子力ムラの牙城フランスでも自然エネルギーが採算性があるという議論が大きくなり、脱原発を求める市民の声が強力になっているというのです。
なお、この点については以下のブログの考察も参考になると思います。
博士はまた、福島原発での事故以降一年以内にすべての原子力発電所を止めることができた日本においては自然エネルギーへのシフトを実行できる大きなポテンシャルがあり、日本の脱原発・エネルギー転換を応援すると述べられました。
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